poem

My Poem

Hiroyuki Nagata

雪の森のジョニー

優しい目をしたジョニーは
雪の森を見つめていた
        教員生活14年目
        職場ではすでに中堅だった
        だがジョニーはこころを病んでいた
        1年前から学校に行けなくなってしまった

        保護者にもうしわけなく
        なにより子供たちにもうしわけなく
        ジョニーは退職を決意した

        最後の3学期だけがんばって先生をした
        最後の日 子供たちが「なごり雪」を歌ってくれた
        ジョニーは雪の森を見つめていた

        春がきて 夏がきて
        活き活きとしたジョニーの暑中見舞い

        故郷に帰って町工場で働いています
        今は昼の弁当だけが楽しみです

     紅葉の村

        疲れていたから
        何もない村に行きたかった
        山と川とあぜ道
        草と遠慮がちな光   
        人もあまり見かけない
        コンビニもない
        目の前に広がる山の紅葉
        それだけでよかった

        アーク燈少年史

        幻燈機を回しながら
        アーク燈の光をあてると
        森のスクリーンが輝いた
        アキラは映画好きの少年だった

        あれから20年
        今は地下室の酒場でバーテンをしている
        店のBGMは ジャズとカクテルのコンチェルト
        月に一回 映写会をひらいている
        もちろんア-ク燈だ

        星のきれいな夜
        女がひとり店の映写会にきた
        「あなたの本名を知っているわ」
        かつて4か月暮らした彼女の妹だった
        「非合法活動で投獄されたあと名前を変えているのね」
        「ぼくときみの姉さんはむくわれない恋人どうしだった」
        「姉は今とても幸せそう。4人も子供がいるのよ」
        彼女の妹はいった
        「今この店のドアの外に姉が来ているの」

        今夜の映画は『アーク燈少年史』 
        それは昔 彼女と見た想い出のフィルムだった
        アキラはサングラスをはずし ドアに向かった 

        花に向かって 走れ   

        あの店に置いてあった
        ぼくのつくったヴァイオリンを手に取り
        「あなたは天才ね」といった
        きみの結婚式の前の晩だった
        ふたりで夜中の2時過ぎまで酒を飲んだ
        「親のために結婚なんかしたくない」
        そういって泣いた

        きみは大企業の社長のひとり娘だった
        相手も大企業の社長の御曹子だった
        きみは医療福祉センターの言語療法士だった

        あれから5年
        新聞の記事で知る
        きみは小さな無人島を買った
        何もない島を花いっぱいにするという
        お金があるのだから
        どんどん好きなことをすればいい
        好きだった女は夢を追い続けてほしい
        きみは花に向かって走れ
        ぼくは「表現者」として生きる

          シェリー            

        都に咲く美しい花
        国分寺市に住む プリンセス・ダイアナ
        桜吹雪のなかで生まれたシェリーは
        カサブランカの花を愛した

        私はB型のマイペース人間とシェリーはいう
        知的で気品のある容姿 人一倍の家族愛
        他人への感謝を心肝に染めている
        いつも深い愛情を人に捧げ
        悪女になれない優しすぎるシェリーは自分を責めた
        天使は心を傷めた
        深い闇だった
        だが今 闇夜は明けようとしている

        これから寒い冬に向かうシェリー
        体が本調子にならず苛立つシェリー
        私はふたたび心から笑える日がくるだろうか

        だがシェリーよ 私は願う
        エビータのような情熱で立ち上がってほしい
        LOVE BRACEの歌にのり天空を舞ってほしい
        「カリブの海賊」のように愉快に微笑んでほしい

        遠くから私は いつも祈っている

           手紙

       きみから届いた 少し大きめの封筒       
       封を開いたら 中に4 通の小さな封筒が入ってた
       1番目に読んでね それは昨日の日付の手紙
       残りの3通は 出しそびれた過去の手紙

       ブルーハーツのコンサートに行ってきました
       おみやげのキーホルダー 今届けます
       落ちこんでいました それはなぜか
       教員住宅の隣の部屋のYさんが
       彼に手作りのプレゼントを作っているのを見たら
       キーホルダーを届けに行こうとした自分がガキに思えて・・・

       手紙の最後にきみのきれいな文字
       明日はしゃぶしゃぶの日だね
       いっぱい飲めるように 今夜はよく寝てくださいね

       明日は森の中に新しくできた和食の店で飲むんだ
       森の精たちと一緒に 2人手を取りあっていこう

         ハンカチーフ

       女優のメグを起用し ヒット作を連発
       コマ-シャル界で鬼才と呼ばれた男が
       業界から足を洗った
       ウイスキーの入ったスキットルを友に
       列車に揺られ 森へ帰ってきた
       彼の別荘の窓にたなびく三色のハンカチーフ
       「まさか?」
       別れたはずのメグが両手を広げて待っていた

        バンビはもういちど夢を見る

        幼い頃のシェリーは
        多い睫毛と目の印象で
        バンビと呼ばれていた
        桜咲く4月10日の
        誕生日のプレゼントは
        バンビのぬいぐるみ
        初めて見た映画もバンビ
        「バンビに似ているね」
        と云われることがうれしかった

        そんなバンビがマリア像に出逢う
        まだ幼稚園にも行かない幼いバンビが
        カトリックの学校のマリア像の前で動けなくなる
        父のお土産の白いマリア像
        少し汚れてしまったけれど
        今でもバンビの宝物

        バンビはクリスチャンではないけれど
        クリスマスにはサレジオ教会に行く
        美しく清楚で優しい
        そんな女性になりたいと
        バンビはもういちど夢を見る

        とんぼまつりの朝に

        今日も太鼓の音が聞こえる
        ジャネットがマメをつくった手で打っている
        ジョージが自分の出番を待ちながらたたいてる
        自分の音に陶酔と歓喜を感じているのはロビンか
        私の太鼓が最高だと誇らしげに打っているのはベテラン、ポールか
        太鼓の音は光る海の波のように
        胸の鼓動のように鳴りやまない

        夢の舞台で光を放っている少年がいた
        皆は酔ったように彼の名を呼ぶ「ミック!」
        天の舞台で舞い踊っている妖精がいた
        皆は羨望のまなざしで彼女の名を連呼する「エリー!」

        ゆくりなくもとんぼまつりは
        うたかたのようにおとずれては去ってゆく
        それぞれの心の大地に消えることのない軌跡を残して

          静かなる赤

        朝焼けに赤い 長野自動車道
        私の前を走る いつもの赤いスポーツカー
        その赤は いつも制限速度を守って走る
        何度追いこしたことだろう
        今日は追いこさない
        どこまでもついていく
        前回追い抜く時 相手の横顔を見た
        静かなる赤に似ていた
        静かなる赤に逢いたい

        去りゆく友に

        青い海に
        帆を上げて
        少し飲んで
        大いに笑う
        人生は釣りのよう
        もっと広く
        もっと深く
        私の釣魚物語は
        はじまったばかり

           清流の村

        教え子どうしの結婚式に招待されて
        私は3年ぶりに清流の村に帰ってきた
        若いカップルは18歳の隆二と美奈子
        教師になって初めての赴任地で手に入れた宝物だ
        私は彼らと川べりの道を歩いていた。

        中学時代 隆二は2年近く登校拒否をした
        美奈子は中学1年の夏休み明けから髪を染めはじめた

        「先生、俺がなぜ大工になったか教えてやるよ」
        旧姓にもどっている私を気づかいながら
        若い2人は夢を語ってくれた
        「新しく住む土地に思い出の学校を建て直そうと思う」
        「朽ちた木造校舎をもう一度よ」
        無邪気な2人の笑顔はひまわりのようだ
        とてもまぶしい 夏が過ぎたら
        この村はダムの底に沈む  

        跨線橋

        駅の横にある
        跨線橋の上で
        初めてきみを見た時
        海を感じた
        2回目にきみを見た時
        森を感じた
        季節の移ろいを
        きみで知った

        憧れは実体のないもの
        きみのワンピース姿にも
        甘酸っぱい匂いにも
        もう出逢うことがなかった
        時は生きている

        黄昏の跨線橋の上で
        リーッと鳴く
        汽笛を聞いていた
        故郷を出ようと思った

        5年後「あずさ」で帰郷した
        駅の再開発で
        跨線橋はもうなかった

          ザ・リバー

        川のほとりで馬を下りて
        5歳年上のきみは いきなり泣き出した
        ぼく以上にきみを愛した人がいて
        その人はきみを愛しながら 自ら逝った
        きみはまわりの人から責められ傷ついて
        月夜にぼくを誘った
        ハンカチを手に泣きじゃくるきみを
        ぼくは茫然と見ているだけだった
        きみはこの森から去った

        ぼくのもとに届けられた手紙
        「なぜあの時 あなたは私に何もしなかったの」
        でもそれがあなたらしいわ 私を人間として扱ってくれた

         山の上教職員独身寮

        山の上独身寮で呑むお酒はいつもおいしかった
        少し我の強い男女7人 みんな仲良しだった
        山の中には何もない 街灯が懐かしい
        研究授業が終わったらみんなで街へくり出そう

        ロバは夏子との愛に苦しんでいた 
        ネズミは就職直後に別れた明子に未練を感じている
        裕美は3年も学校に行っていない弟が心配だったし
        私はいちばん無口なあなたが好きだった

        ミス独身寮の陽子が一升瓶をかかえてやってきた
        「さあ乾杯しましょう」
        つまみは生徒の親が届けてくれた山菜よ
        「何かのお祝い?」
        「たまにはニュースを見たら?」
        独身寮呑んだくれチャンピオンの佳代が
        全国教職員剣道大会で優勝したのだ

        母はバラに包まれて 

        そうだ 母の誕生日にバラを贈ろう
        この青空いっぱいの感謝をこめて
        笑顔美人の母にはバラが似合っている

        天は母のおなかに 私を宿した
        冷たい星の雫で 私は初めて目が覚めた
        それから30星霜
        私の人生の長いレールは
        最後に帰りつく場所は
        今もまだ母の掌のなかに包まれている
        この世でいちばん強い愛だから
        海にも似た深い絆で結ばれているから

        だから長生きしてね
        私に生きる勇気をもっと教えて
        いつまでも見守っていて
        目には見えないまつげのように

        1997年11月22日
        今日の母もバラに包まれている

          安曇野ホテル

        蔵を改造した田舎の会場で
        ちいさなジャズのコンサート
        薄暗い光の中で 見かけたのは懐かしいきみ

        学生時代 きみはぼくたちの絵のモデルだった
        たくさんの画学生に囲まれた人気者だった

        7年ぶりに再会したきみは 美しさを増していた
        ぼくは1か月におよぶイスタンプール取材旅行の話
        そして自分の個展に誘った
        深い森の中の安曇野ホテルできみを抱きしめた夜
        別れ際きみはこう告げた
        「3年越しでつき合っている彼がいるの」
        相手は妻子持ちだった

        それでもぼくは きみとの結婚を考えた
        そしてきみは ぼくのプロポーズを受けてくれた
        彼と彼の妻との間でずっと悩んでいたきみ
        ぼくとの結婚ですっきりしようとしたのかも知れない

        結婚が迫ったある夜
        ぼくは寝つかれずにいた
        きみのこれまでの人間関係がどうしても許せなかった
        夜中にきみを起こし 胸の奥のすべてを吐露してしまった

        深い森の中の安曇野ホテルで別れた
        窓の外の高い木立が泣いていた

        悔やんでも悔やみきれないあの夜のこと
        ああ深い森の中の安曇野ホテルで別れた
        窓の外の高い木立が泣いていた  

         耳をすませば

        あきらめかけていた時
        あなたの声が聞こえた
        いちど捨てた夢じゃない
        もう一度 やってみたら
        窓を開けたら
        昔の友が温かく迎えてくれた

        すべてあなたのおかげ
        耳をすませば あの歌が聞こえる
        歓声にも似た あの歌が

         本がとどかない

        あの雪の日 私は駅であなたを待っていた
        あなたの職場に 突然電話して
        今夜どうしても会いたいとわがままいった
        私は今までラブレターひとつもらったことのない
        目立たない信用金庫の職員
        何の面識もない男の方に
        いきなり電話するなんて
        もう一生できないとわかってた

        あなたは大雪の中をかけつけてくれた
        お互い顔を知らないから
        駅で待ち合わせしている人々に 次々に声をかけた
        そしてあなたを知った
        あなたが絵本館からだした本がほしかった

        本を送ってくれると約束してくれた
        それから毎日 郵便ポストをのぞいた
        本がとどかない
        あれから半年がたつのに
        本がとどか カラー ない
        初めての電話で全エネルギーを使ってしまった私は
        もうあなたに電話できない

         海の見える窓

        古いラジオから流れてきた
        きみのただひとつのヒット曲
        目を閉じると あの顔が見える
        田舎が見える 風が聞こえる
        海が見える窓から
        遠い町を見ていた

        卒業証書をかかえたきみは
        ひきがたりのピアノからおりてきた
        帰っておいで ふるさとへ

        思い出の店に行こう
        きみは遠い町にいる

        メロディとレスター

        メロディの家では 白い家を建てた
        でもお父さんとお母さんは離婚した
        メロディのお父さんは障害者だ
        歩くとき 体が大きく揺れる 

        レスターの家は海のそばにある
        夏は海水浴で大にぎわいだ
        レスターは重度障害者で車椅子に乗っている
        先日 生計を支えていたお父さんが脳溢血で倒れた 
        お父さんも寝たきりの障害者になった
        看病疲れのお母さんが入院した
        車椅子のレスターが病院に看病に通っている
        病院は決して近くない

        インターネットで知り合ったメロディとレスター
        落ち込みがちな健常者の娘メロディ
        自分で食事もトイレもできないのに
        やけに明るい重度障害者のレスター

        二人の友人たちに 二人からの挨拶状が届いた
        「私たち 結婚してしまいました」

         海のマリエ

        あのころきみは 海のそばに住んでいた
        マリエ 海のマリエ
        染色の仕事がしたいの
        海岸育ちのきみが
        山国に旅立つ
        待っていたのは挫折だった
        会社をやめた
        染色の仕事もやめた
        アルバイトのその日暮らし
        でもいまさら海へ帰れない
        何も残せないまま海に帰れない

        マリエを見つめているときのぼくは 
        いつも海を見ていた
        海を感じていた
        海に向かっていた
        海のマリエ
        いつか自分の子供ができたとき
        そっときみの名前をつけたい

        マリエ
        そんなきみが絵本を出すと聞いた
        おめでとう いい年になるね

         ロードショー

        看護婦時代は いつも生と死に直面していたから
        ノンフィクションしか読まなかった
        小説のような作り話など興味がなかった

        体をこわして エリーが森に帰ってきた時
        小川でホタルの大群舞を見た
        映画を撮りたいなと なぜか思った
        自分のシナリオを 自分で監督し
        自分が主演女優で 自分でキャメラを回した
        エリーの役は農家の嫁だった

        古いアーク燈の幻燈機を手に入れました
        みなさん おいでください
        今夜 私の映画を上映します
        エリーは作り話の作り手になっていた

         螢川

        私の酒場『螢川』は元旦から営業します
        そんなこと誰にもいわなかったけど
        くちコミで優しい仲間たちが集まってくれた
        カウンターで飲んでるお客様を紹介しましょう
        詩人のT・Hさんはこんど選詩集がでる
        本人は遺言だといっている
        画家のM・Nさんは個展を控えている
        次はスペインでもやるという
        マラソンランナーのT・Kさん
        今年はニューイヤー駅伝に出なかったけど
        朝から20キロ走った後 ビールを飲んでる
        熱い心のもの静かな人たちが
        カラオケも置いてない路地裏の
        出戻りの私のお店を愛してくれている
        「M・Tさんが結婚したってね」
        「K・Nさんは本を出版したよ」
        昨年の暮れからおめでたい話題が続いた
        今年はあなたにもいいことがあるでしょう
        たった今 店にいらっしゃったのは
        落語家のK・Sさんだ
        威勢のいい声で
        「あけましておめでとうございます」

        能生夏物語93

        それまでは雨ばかり続いていた 
        夏物語は雨の物語になるのかとみんな心配だった
        2年1組はキャンプファイヤー係 
        アルシンドのかつらを作り その日を待った
        7,15 雨じゃなかった 晴れた!
        でも風が騒がしかった
        海の波は荒かったけど
        囲みの中を泳いだ遊んだ 楽しかった
        美帆はうきわに腰かけて どんどん流された
        裕典は波と遊んだ 瑠美は人魚になった
        彰は40分間海の中で手をたたき続け
        波を呼び波が来るとジャンプした
        綾は天に祈りを捧げてる 『もっと青空 お・ね・が・い』
        休み時間のレクレーションで
        毅はさおでゼリーを吊り上げた スイカを食べた
        お風呂に入り 海の幸いっぱいの豪華な夕げ
        お茶で乾杯!